日本ハムの背番号18番!歴代はエース級?全選手と傾向をご紹介

背番号の意味

こんにちは、当ブログの管理人、元高校球児のみっつです!

2016年の2月頃、何となくパソコンでネットサーフィンをしていると、「巨人の元ピッチャーが農家に転身して年商4000万円」という記事が目につきました。

現役時代に体調を気遣って食事面で支えてくれた奥様がガンで亡くなったのがきっかけで、体に良い野菜を作ろうと農家への転身を決意したのだといいます。

それは16年間もの間、日本ハム、巨人、ロッテでピッチャーとして活躍した河野博文選手、北海道日本ハムファイターズ時代には背番号18番をつけていました。

今回は北海道日本ハムファイターズの背番号18番について特集します。歴代の18番をつけた全選手や、活躍した主な3選手をご紹介しますので、楽しみにしてくださいね。




歴代の背番号18番を背負った選手をご紹介

2019年のシーズン開幕を迎える時点で、日本ハムの背番号18番を背負った選手は合計で18名になります。まずは、日本ハムの背番号18番を付けた歴代の選手を、古い順から一挙ご紹介していきますね。

年  度年 数球 団 名選 手 名
1946年~1951年6年セネタース~東急フライヤーズ~急映フライヤーズ ~東急フライヤーズ白木義一郎選手
1952年~1953年2年東急フライヤーズ松本忠繁選手
1954年~1956年3年東映フライヤーズ今西錬太郎選手
1957年1年東映フライヤーズホセ中村選手
1958年~1963年6年東映フライヤーズ高野一彦選手
1964年~1966年3年東映フライヤーズ山崎武昭選手
1967年~1972年6年東映フライヤーズ高橋善正選手
1973年1年日拓ホームフライヤーズ渡辺秀武選手
1974年0.5年日本ハムファイターズバール・スノー選手
1974年0.5年日本ハムファイターズマイク・ケキッチ選手
1975年1年日本ハムファイターズジョージ・カルバー選手
1976年~1983年8年日本ハムファイターズ高橋一三選手
1984年1年日本ハムファイターズ空白
1985年~1995年11年日本ハムファイターズ      河野博文選手
1996年~2005年10年日本ハムファイターズ~北海道日本ハムファイターズ岩本勉選手
2006年~2007年2年北海道日本ハムファイターズ空白
2008年~2009年2年北海道日本ハムファイターズ藤井秀吾選手
2010年1年北海道日本ハムファイターズ空白
2011年~2016年6年北海道日本ハムファイターズ斎藤佑樹選手
2017年~2018年2年北海道日本ハムファイターズ岡大海選手
2019年~北海道日本ハムファイターズ吉田輝星

10年以上つけた選手が2人と、意外に少ないという印象です。日本ではエース級のピッチャーがつける傾向にあるので、1人1人の年数が長いかと想像していたのですけどね!

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背番号18番を背負って活躍した3選手のご紹介

次に、これぞ日本ハムの背番号18番と呼べる3名をピックアップし経歴をご紹介しますので、是非参考にしてください。

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河野博文選手

生年月日  1962年4月28日
出身地   高知県幡多郡
投/打   左/左
プロ野球歴 
日本ハムファイターズ (1985年~1995年)
読売ジャイアンツ (1996年~1999年)
千葉ロッテマリーンズ (2000年)
タイトル  最優秀防御率:1回、最優秀中継ぎ投手:1回

河野選手は駒澤大学時代、東都大学野球リーグで春秋連続優勝を果たすと、日米大学野球選手権大会で日本代表にも選出されました。

1985年、日本ハムにドラフト1位で入団をすると、1年目からフル回転の活躍を見せます。河野選手は無類のスタミナの持ち主として、先発から中継ぎまで任されました。

また河野選手は、ストレートが速い訳でもなく変化球の切れもスバ抜けてはいないものの、強心臓からの思い切りの良いピッチングで打者を打ち取っていきます。

チームメイトからは「鉄腕ゲンちゃん」と呼ばれ、貴重な左腕として活躍しました。ちなみに、「ゲンちゃん」は北京原人に似ていることから、その愛称がついたとされています。

冒頭でも紹介しましたが、河野選手は農家としても成功をおさめます。タマネギを生産して、2017年には何と農林水産大臣賞を受け、一躍有名になりました。

プロ野球でも第二の人生の農業でも、エース級の大活躍と言っても良いのではないでしょうか?

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高橋一三選手

生年月日  1946年6月9日
出身地   広島県府中市
投/打   左/左
プロ野球歴 読売ジャイアンツ (1965年~1975年)・日本ハムファイターズ (1976年~1983年)
タイトル  最高勝率:1回、最多勝:1回、最多奪三振:1回
表彰    沢村賞:2回、ベストナイン:2回、最優秀投手:2回

高橋選手は速球を武器に、当時巨人のエースとして活躍をする堀内選手に対向し、「左の堀内」と呼ばれました。

当時、スピードガンの無い時代でしたが、ダイナミックな投球フォームから投げられる高橋選手の速球は、時速150kmを超えていたといわれています。その速球を武器に、1969年には22勝を挙げて沢村賞を獲得します。

その一方では、コントロールが悪かったことから、名前をもじって「ミスター・ワンスリー」とも呼ばれました。打者が手を出せない速球でストライクを取る一方、必ずボール球が3球続くことから、「カウント1-3」になったからです。

2度目の沢村賞に輝いた1973年には、238奪三振を記録する一方で、139個の最多四死球も記録しています。

1976年に日本ハムに移籍をした高橋選手は、腰を痛めたことから、速球が投げられなくなりますそれでも、制球力とシンカーやスクリューボール等緩い変化球を巧みに使い、新しい投球スタイルを確立しました。

当時、江夏豊選手、間柴茂有選手ともに、日本ハムの左腕トリオをとして活躍し、1981年には初のリーグ制覇に貢献しています。

高橋選手のダイナミックな投球フォームの映像が、youtubeにアップされていました。なかなか貴重な映像ですね!

高橋一三 鞭の様に腕を振り,足に覆い被さり丸まる Pitching Mechanics Slow Motion

高橋善正選手

生年月日  1944年5月5日
出身地   高知県高岡郡
投/打   右/右
プロ野球歴 日本ハムファイターズ (1967年~1972年)・読売ジャイアンツ(1973年~1977年)
備考    完全試合:1回

高橋選手は高校野球の名門高知商業から東都大学リーグに所属する中央大学へと進み、35勝をマークした高橋選手は、チームの2度の優勝に貢献しました。東映フライヤーズからドラフト1位で指名を受けて入団します。

高橋選手は、初年度から15勝を挙げると、一躍チームのエースとなります。しかし、3年目のシーズンを前にしたキャンプ中に、ランニングしていた際にに排水口に落ちるというアクシデントに見舞われ腰を痛めます。

このことで制球に安定感を失い、球速も落ち込んでしまいます。しかし、高橋選手は逆境にも負けることなく、1971年には完全試合の大きな偉業を達成しました。

高橋選手に関して、私は未だに解決できないでいる事があります。それは

高橋選手はパンのCMに出ていたのではないか?

という事です。1975年か1976年あたりだったと思いますが、巨人のユニフォームを着たサイドスローの選手が、食パンを投げるというCMです。

選手の紹介もなく、その選手が誰だったかわからないのです。投球フォームから推測すると高橋選手ですが、確証はありません。

知っている方がいらっしゃいましたら、是非是非教えてくださいね(^_^;)

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日本ハムの背番号18番を付けた選手の傾向とは?

日本プロ野球界において、背番号18番の傾向は、紛れもなくエース投手の番号です。背番号18がエースナンバーとして定着した理由には諸説ありますが、最も歴史の古い巨人軍がエース級のピッチャーを背番号18番にしていたことから、各球団に広がったといわれています。

日本ハムにおいても背番号18番は、投手の番号の傾向があります。特に日本ハムには、背番号11,18,19,21番と、エース番号と呼べるものがたくさんある中で、背番号18はまさにNo1エースの投手が付けてきました。

1946年に日本ハムの前身となるセネタースが創立されてから、3回も球団名が変更する中で、チームのエースとして活躍をした白木義一郎選手を始めとし、高橋一三選手や岩本勉選手が継承をしてきました。

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あとがき

今回は、北海道日本ハムファイターズの背番号18番を特集してきましたが、いかがだったでしょうか?他の球団と同じように、エースピッチャー級の選手がつける傾向がある事がわかりましたね。

2019年のシーズンからは、夏の甲子園の準優勝投手である吉田輝星選手が、背番号18番をつけています。抜群の素質を誇る吉田選手が、背番号18番にふさわしいエースピッチャーとして日本ハムを支えるようになるのか、注目していきたいと思います。

最後までお読みいただき大感謝!みっつでした。