ソフトバンクホークスの背番号8番!歴代の8番の選手と傾向を紹介

背番号の意味

こんにちは、当ブログの管理人、元高校球児のみっつです!

『学校のグラウンドのネットを、高く作り直させた男』

これはどういう事かと言いますと、ある高校の野球部の部員がバッティング練習をすると、あまりのパワーの持ち主で打球が外野のネットを軽々と越えてしまっていました。

越えたボールはお店や民家に直撃して危ないので、その部員の打球が場外に飛ばないようにネットをより高く作り直したといいます。

そんな規格外のパワーで学校や近隣住民を困らせた(!?)のは、佐賀北高校から当時の南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)に入団した岸川勝也選手なのです。

今回は、そんな岸川選手もつけていた、福岡ソフトバンクホークスの背番号8番を特集します。まずは歴代の背番号8番の選手や8番をつけて活躍した選手をご紹介します。

さらに、ソフトバンクホークスの背番号8番をつけた選手の傾向にも触れていきますので、楽しみにしてくださいね。




歴代の背番号8番を背負った選手をご紹介

2019年のシーズン開幕時点で、これまでに福岡ソフトバンクホークスの背番号1番を背負った選手は、合計で24名になります。まずは、ソフトバンクホークスの背番号8番を背負った歴代の選手を、古い順から一挙ご紹介します。

年  度年 数球 団 名選 手 名
1938年1年南海軍納家米吉選手
1939年~1940年2年南海軍天川清三郎選手
1941年1年南海軍鬼頭数雄選手
1942年1年南海軍          岡本利三選手
1943年1年南海軍          政野岩夫選手
1944年~1945年2年近畿日本軍空白
1946年1年近畿グレートリング    清水秀雄選手
1947年~1948年2年南海ホークス古谷譲選手
1949年~1953年5年南海ホークス黒田一博選手
1954年1年南海ホークス前川忠男選手   
1955年~1956年2年南海ホークス       小武方信一選手
1957年1年南海ホークス       藤重登選手
1958年~1960年3年南海ホークス       半田春男選手         (改名:春夫)
1961年1年南海ホークス       カールトン半田選手
1962年~1968年6・5年南海ホークス       掘込基明選手     
1968年~1970年2・5年南海ホークス       柳田利夫選手
1971年~1975年4・5年南海ホークス       島本講平選手
1975年~1989年14・5年南海ホークス       ~福岡ダイエーホークス       河埜敬幸選手
1990年~1994年5年福岡ダイエーホークス岸川勝也選手
1995年~2001年6年福岡ダイエーホークス浜名千広選手
2002年~2004年3年福岡ダイエーホークス空白
2005年~2009年5年福岡ソフトバンクホークス江川智晃選手
2010年1年福岡ソフトバンクホークス李杋浩選手
2011年1年福岡ソフトバンクホークス空白
2012年1年福岡ソフトバンクホークスウィリー・モー・ペーニャ選手
2013年1年福岡ソフトバンクホークス空白
2014年~2015年2年福岡ソフトバンクホークス鶴岡慎也選手
2016年1年福岡ソフトバンクホークス空白
2017年~福岡ソフトバンクホークス明石健志選手

背番号8番を背負って活躍した3選手のご紹介

次に、これぞソフトバンクホークスの背番号8番と呼べる3名をピックアップし、経歴をご紹介いたしますので、是非参考にしてください。

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岸川勝也選手

生年月日  1965年4月24日
出身地   佐賀県佐賀市
投/打   右/右
プロ野球歴 
福岡ダイエーホークス(1984年~1994年)
読売ジャイアンツ(1994年~1997年)
横浜ベイスターズ(1998年)
タイトル  特になし

岸川選手は、当時、南海ホークスの主砲を務めていた、門田博光選手の後継者と期待されて入団をした選手です。門田博光選手の背番号44番も受け継いだ岸川選手でしたが、入団後4年間は実力が発揮できずに苦しみます。

しかし、岸川選手は入団から5年目、奇しくも南海ホークスの球団最後の年に、その待機の片鱗を見せ始めます。その年、球団の最後の本塁打を、ホームグランドの大阪球場で放つと、その翌年には、福岡ダイエーホークス初年度に26本塁打を放ちました。

一気にブレイクを果たした岸川選手は、それから3年連続で20本塁打をマークするなど、新球団で持ち前のパワーを見せ付けます。

残念ながら、1991年8月に守備で左ヒザの半月板を損傷したことから、長期離脱を余儀なくされます。それ以後は、本来の力を発揮できずに精彩を欠いてしまい、3球団を渡り歩いた後に、惜しまれての引退となりました。

最初にもお伝えした通り、岸川選手は学校のネットを作り直させるほどの圧倒的なパワーの持ち主でした。高校時代のホームラン数は46本にもなります。今では46本というのはそんなに珍しくはありませんが、当時の46本というのは凄い本数だと、同年代の元高校球児の私は思っています(笑)

例えば今ではピッチャーも高校生で160キロ超えの選手が出てきていますが、当時140キロを超えていると『凄いピッチャー』と注目されたものでした。

この例えで、岸川選手の46本が凄い数字かおわかり頂けましたか?(^_^;)

河埜敬幸選手

生年月日  1955年4月18日
出身地   愛媛県八幡浜市
投/打   右/右
プロ野球歴 福岡ダイエーホークス(1974年~1989年)
タイトル  特になし

河埜選手は、巨人のV9時代に遊撃手として活躍した、河埜和正選手の実弟になります。

4歳年上の実兄を追いかけて野球を始めた河埜選手は、実兄と同じく八幡浜高校に進学し、投手として活躍しました。高校野球としては無名の高校でしたが、実兄がプロ野球選手であることもあり、1973年ドラフト3位で南海ホークスに入団をいたします。

入団後、野手に転向をした河埜選手は、内野だけでなく外野も守れるユーティリティ・プレイヤーとして活躍します。そして15年間もの間、南海ホークス、ダイエーホークスで活躍し、歴代で背番号8番を最も長くつけた選手になりました。

河埜選手は内野から外野にコンバートされた際に、足腰が鍛えられるとベンチから守備に向かう時、そして戻る時に全力疾走するようになりました。しかし、それがチームメイトから意外な感じで不評を買ってしまいます。

チームメイトの言い分は『河埜選手が全力疾走したら、俺もやらないとならないじゃないか!』というものだったそうです(^_^;)

ちなみに、実兄はゴールデングラブ賞を獲得していましたが、守備の器用さでは弟の河埜選手の方が評価は高かったと言われています。そして16年間巨人で活躍した兄よりも安打数も上回りました。

実績でお兄さんを上回る活躍をしましたが、私の感覚ではお兄さんの方が知名度は高かったように思います。それは、本人の問題ではなく球団の知名度の差であるかなと感じています。

毎試合のようにテレビ中継されていた巨人の選手の知名度は、南海ホークスとは比べものにならないほど高かったですからね!

半田春夫選手

生年月日  1931年4月20日
出身地   アメリカ国ハワイ州
投/打   右/右
プロ野球歴 南海ホークス(1958年~1961年)
中日ドラゴンズ(1962年)
タイトル  特になし

ハワイ出身の半田治夫(別名:カールトン半田)選手は、1958年に南海ホークスに入団しました。半田選手が入団をした1950年代は、巨人の与那嶺要選手の活躍に触発され、続々とハワイ日系2世選手が、日本プロ野球界に入団をした時代でもあります。

半田選手は身長170cmと小兵ながら、大学時代は投手として全米の代表にも選ばれました。しかし、南海ホークスに入団後は、投手ではなく、好守の二塁手として活躍します。

また、半田選手は1959年に南海ホークスが日本-を達成した時、その祝賀会で「ビールかけ」を初めて行った人物としても、語り継がれています。

後に、中日ドラゴンズに移籍した半田選手は、高木守道選手に「バックトスを教えた」と言ったエピソードも残っています。

半田選手が日本でプレーをしたいた頃は私は生まれていないので、半田選手のプレーを実際に見た事がありません。でも、ビールかけを最初にした人という事で、日本のプロ野球界に大きな功績を残したのではないでしょうか?

私の中では多くのプロ野球選手の名前は忘れても、ビールかけという行事は一生忘れることがありません(^_^;)

背番号8番を付けた選手の傾向とは?

数字の「8」は、日本では末広がりの縁起の良い数字として扱われ、古くは最高位を現す数字でもあったことから、野球選手にとっても人気の番号です。

日本プロ野球において背番号8番の傾向は、長打力のある外野手です。背番号6番が内野手の傾向を占めすのに対し、背番号8番は外野手のイメージを持つ理由は、高校野球の影響があるからです。

ソフトバンクホークスにおける背番号8番の傾向は、外野手だけのイメージではなく、外野手と内野手の両者が交互に継承をしています。その中には、守備力の高い野手として実績のある選手もいれば、長距離砲と期待された選手や、外国人助っ人などバラエティです。

残念ながら、ソフトバンクホークスの背番号8番は、2019年シーズン開始時点で24名の選手が付けるなど、定着をしない番号の傾向も見られます。

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おわりに

今回は、福岡ソフトバンクホークスの背番号8番を特集しましたが、いかがだったでしょうか?

多くの球団が外野手がつける傾向がある中で、ソフトバンクでは内野手も多くつけてきました。ただ、1人の選手が長くつけていないのも特徴としてあげられます。

2017年からは、明石健志選手が背番号8番をつけています。もうベテランの域に入ってきましたが、まだまだ活躍してくれることを願ってやみません。

最後までお読みいただき大感謝!みっつでした