北海高校野球部!2020年秋のメンバーや成績・監督や甲子園の活躍をご紹介

高校野球

こんにちは、当ブログの管理人、元高校球児のみっつです!

北海高校は、1885年(明治18年)に開校した、非常に歴史のある学校です。野球部も、1901年(明治34年)創部と、100年以上の歴史を誇ります。

甲子園へは今から100年前の1920年の第6回大会に初出場し、2020年までに何と春夏50回もの出場を果たしています。

準優勝したのは4年前の2016年。「イケメン」と話題となったエース・大西健斗選手の力投を記憶されている方も多いのではないでしょうか。

夏だけでなく、春のセンバツ大会にも北海道勢としては最多の12回出場。こちらでも準優勝、ベスト4そしてベスト8をそれぞれ1回ずつ経験しています。

プロ野球・ヤクルトスワローズで活躍し、監督も務めた若松勉氏を始め、多くのプロ野球選手を輩出。まさに「北の強豪高」という印象のある高校です。

そして2020年の秋季高校野球北海道大会を制し、13回目のセンバツ大会出場を確実としました。

今回は、北海高校の野球部を特集します。2020年の秋のメンバーやイチオシ選手、2020年の秋の大会の戦績や、甲子園での活躍ぶり、さらにOBにも触れますので、楽しみにしてくださいね。

✓Check
今回ご紹介するにあたって、学校のホームページなどで出来るだけ正確な情報を心がけて調べてみましたが、一部不明な点や間違っている可能性もあります。
あくまでも参考情報としてご覧ください。

北海高校の2020年秋のメンバーをご紹介!

まずは、2020年秋の大会の、北海高校野球部のベンチ入りメンバーをご紹介します。

背番号名前学年ポジション出身中学校中学時の所属チーム
1木村大成投手2年生北海道・北広島東部
2大津綾也捕手2年生北海道・北檜山
3杉林蒼太内野手2年生北海道・石狩花川札幌北リトルシニア
4小原海月内野手1年生北海道・常盤札幌南リトルシニア
5尾崎大嘉内野手2年生大阪・市岡大阪堀江ボーイズ
6宮下朝陽内野手2年生北海道・黒松内余市リトルシニア
7林大海外野手2年生北海道・幌東小樽リトルシニア
8関虎太朗外野手2年生北海道・仁木余市リトルシニア
9江口聡一郎外野手2年生北海道・札幌大谷札幌大谷リトルシニア
10吉野龍生投手2年生北海道・北檜山
11立花海空投手2年生北海道・帯広第八とかち道東ボーイズ
12中井侃樹捕手2年生大阪・貝塚第三貝塚リトルシニア
13斉藤真吾投手2年生北海道・平岸札幌羊ヶ丘リトルシニア
14小口偉大内野手1年生北海道・中の島
15中川太陽内野手2年生北海道・荻伏日高リトルシニア
16小山駿人内野手2年生北海道・札苗北札幌東リトルシニア
17山田堅真内野手2年生北海道・函館戸倉函館東リトルシニア
18工藤泰己捕手2年生北海道・常盤T-TBCクラブ

ベンチ入り18人中、2年生が16人、1年生は2人。小原海月選手は1年生ながらセカンドのレギュラーとしてプレーしています。

地元・北海道出身の選手が16人というのも特徴的です。北海道の中学生からすれば甲子園に多く出場している北海高は憧れの対象なのかも知れませんね。




北海高校の私のイチオシ選手

北海高校野球部ベンチ入りメンバー18人の中から、私がイチオシの背番号1番、エースの木村大成選手をご紹介しましょう。

180cm76kgという均整の取れた体から放たれるストレートはMAX144kmを誇る左腕です。2020年秋季北海道大会では4試合に登板、30回2/3を投げ失点・自責点ゼロ、防御率0.00という圧巻のピッチングを披露しました。

内容も素晴らしく、被安打は14本、奪った三振は投球回数を大きく上回る41個です。ストレートに加えカーブ、スライダー、そしてチェンジアップを操ります。

北海道大会決勝、対旭川実業高戦で先発し、プロ注目のMAX147km右腕・田中楓基投手との息詰まる投手戦を制し1-0で勝利しました。

この試合での木村投手は旭川実打線を相手に被安打2本、11個の三振を奪う快投でチームを2011年以来9年ぶりとなるセンバツ大会へと導いたのです。

1年生秋からエースであった木村投手。同年秋の秋季大会は地方予選で打ち込まれ、チームは北海道大会に出場できませんでした。それから1年で急成長し、チームの大黒柱となったばかりか、今やスカウトの熱視線を浴びる存在となりつつあります。

甲子園の舞台でどんなピッチングを見せてくれるか、今から楽しみで仕方ありません。

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北海高校2020年秋の公式戦の戦績

次に、北海高校の2020年秋の大会の戦績をご紹介します。

日付大会名何回戦対戦相手スコア備考(県大会出場決定など)
2020年9月8日第73回北海道高校野球秋季大会札幌支部予選1回戦石狩翔陽高校〇24-1
2020年9月10日第73回北海道高校野球秋季大会札幌支部予選2回戦札幌龍谷高校〇12-2
2020年9月13日第73回北海道高校野球秋季大会札幌支部予選3回戦札幌啓成高校〇12-0
2020年9月15日第73回北海道高校野球秋季大会札幌支部予選4回戦立命館慶祥高校〇6-1北海道大会出場決定
2020年10月4日第73回北海道高校野球秋季大会 1回戦帯広農業高校〇4-0
2020年10月7
第73回北海道高校野球秋季大会 2回戦旭川大高校〇7-1
2020年10月8日第73回北海道高校野球秋季大会 準々決勝札幌日大高校〇10-0
2020年10月10日第73回北海道高校野球秋季大会 準決勝知内高校〇6-0
2020年10月11日第73回北海道高校野球秋季大会 決勝旭川実業高校〇1-0北海道大会優勝

秋札幌支部予選では4試合で4失点、北海道大会では5試合で失った点数はわずか1点という圧倒的な成績で勝ち上がりました。

エース・木村投手を温存した北海道大会1回戦では吉野龍生選手ら3選手の継投で帯広農業高校を完封いています。

打では3番に座る江口聡一郎選手が本塁打2本を放つ活躍を見せました。2本目は決勝戦で、投手戦にケリをつけるソロホームランを放っています。

実力者の田中投手と対戦だった決勝戦は別として、それ以外の4試合では計27得点を挙げており、投打のバランスが良いチームと言えるでしょう。

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北海高校の監督ってどんな人?

北海高校野球部を率いる平川敦監督についてご紹介しましょう。

平川監督は1971年4月6日、地元北海道根室出身です。高校は北海高でポジションは控えの投手。背番号は13番でした。

平川監督が在学中、北海高は2回甲子園に出場していますが登板機会はなし。公式戦で出場したのは3年生の春季大会地方予選1回戦のみでした。

卒業後は北海学園大学へ進学します。このとき当時の北海高・大西昌美監督に請われ母校のコーチに就任しました。

1994年、北海高は夏の甲子園で準々決勝で佐賀商に敗れ、ベスト4を逃します。佐賀商は同大会で優勝しましたが、当時佐賀商でコーチをしていた後の駒大苫小牧高校の監督・香田誉士史氏の存在が平川監督を苦しめました。

1998年、北海高監督に就任した平川監督は早速1999年夏の甲子園へ出場を決め、幸先のよいスタートを切ります。しかし、2001年、香田監督率いる駒大苫小牧高が32年ぶりの甲子園出場を果たし、強力なライバルとなりました。

2004年、駒大苫小牧高は北海道勢として初の全国制覇を達成。翌2005年夏も制したことで平川監督に対する風当たりは厳しくなります。監督自身も名門高校を率いているにも関わらず結果を残せないことに苦しみ、何度も監督を辞めようと考えました。

そんな平川監督を思いとどまらせたのは恩師・大西前監督の言葉です。

「辞めたら負けだ」

この言葉を胸に刻んだ平川監督は香田監督に頼み込み、駒大苫小牧高の練習を見学します。そこでは本気で「日本一」を目指す選手と、それを何とか達成させようという香田監督の情熱がほとばしっていました。

指導する人間ががむしゃらにならなければ、選手は付いてくるはずもない。ましてチームは強くなんかならない。決意を新たにした平川監督の熱意は、恥を忍んでライバル高校の監督に頭を下げた3年後の2008年、9年ぶりの甲子園出場という形で実を結びました。

「高校野球は教育の一環。人間形成の場」と捉える一方、「野球は勝たなくてはならないゲーム」という、バランスを崩せば相反する2つの理念を掲げる平川監督。その信念は駒大苫小牧高の後塵を拝していたときも、準優勝した2016年も、そして現在も不変です。

調子がいいときは誰でも機嫌がいい。しかし、調子が悪いときは不機嫌になっていないか。あるいはグラウンドでは声を出し、道具を整理整頓しているが、それを家でもやっているのか・・・。

平川監督は野球を通じて人間を育てているのです。

「香田のように全国制覇してみたい。そう言えるようになった」とおっしゃる平川監督と駒大苫小牧高監督を退任し、現在は福岡県の社会人野球チーム・西部ガスで監督を務める香田氏は同学年なのです。

香田氏の背中を追い続ける平川監督が率いる北海高の甲子園最多出場記録は、まだまだ更新されていくことでしょう。




北海高校野球部の甲子園での戦績

前段でご紹介した通り、北海高は春12回、夏は全国最多の38回、計50回の甲子園出場を誇ります。

大会名回数勝敗数
春選抜高校野球大会12回12勝12敗
夏全国高校野球選手権大会37回21勝39敗
合計49回33勝51敗

1959年から南北代表制が採用され、北海道から2校甲子園出場が可能になりました。

北海高は同年以前に19回の出場を重ねていたこと、さらに南北に分かれても地方予選に参加する高校が100校を軽く超え、甲子園にたどり着くまでに最大7試合程度を戦わなければならない南北海道の事情を考えたとき、北海高の出場回数がどれだけ素晴らしいことかがおわかりいただけるかと思います。

大会名西暦戦績
第6回全国高校野球選手権大会1920年1回戦敗退
第8回全国高校野球選手権大会1922年準々決勝進出
第10回全国高校野球選手権大会1924年2回戦敗退
第11回全国高校野球選手権大会1925年1回戦敗退
第14回全国高校野球選手権大会1928年準決勝進出
第15回全国高校野球選手権大会1929年1回戦敗退
第16回全国高校野球選手権大会1930年1回戦敗退
第18回全国高校野球選手権大会1932年1回戦敗退
第19回全国高校野球選手権大会1933年2回戦(初戦)敗退
第21回全国高校野球選手権大会1935年1回戦敗退
第22回全国高校野球選手権大会1936年準々決勝進出
第23回全国高校野球選手権大会1937年準々決勝進出
第15回選抜高校野球大会1938年2回戦(初戦)敗退
第24回全国高校野球選手権大会1938年1回戦敗退
第26回全国高校野球選手権大会1940年1回戦敗退
第32回全国高校野球選手権大会1950年準々決勝進出
第33回全国高校野球選手権大会1951年2回戦(初戦)敗退
第25回選抜高校野球大会1953年1回戦敗退
第35回全国高校野球選手権大会1953年1回戦敗退
第26回選抜高校野球大会1954年準々決勝進出
第38回全国高校野球選手権大会1956年準々決勝進出
第40回全国高校野球選手権大会1958年1回戦敗退
第32回選抜高校野球大会1960年準決勝進出
第42回全国高校野球選手権大会1960年準々決勝進出
第33回選抜高校野球大会1961年2回戦敗退
第34回選抜高校野球大会1962年1回戦敗退
第44回全国高校野球選手権大会1962年準々決勝進出
第35回選抜高校野球大会1963年準優勝
第46回全国高校野球選手権大会1964年2回戦敗退
第36回選抜高校野球大会1964年1回戦敗退
第47回全国高校野球選手権大会1965年1回戦敗退
第49回全国高校野球選手権大会1967年1回戦敗退
第50回全国高校野球選手権大会1968年1回戦敗退
第52回全国高校野球選手権大会1970年1回戦敗退
第53回全国高校野球選手権大会1971年1回戦敗退
第54回選抜高校野球大会1982年1回戦敗退
第66回全国高校野球選手権大会1984年1回戦敗退
第60回選抜高校野球大会1988年3回戦敗退
第71回全国高校野球選手権大会1989年2回戦(初戦)敗退
第74回全国高校野球選手権大会1992年1回戦敗退
第76回全国高校野球選手権大会1994年準々決勝進出
第78回全国高校野球選手権大会1996年2回戦(初戦)敗退
第67回選抜高校野球大会1995年1回戦敗退
第81回全国高校野球選手権大会1999年1回戦敗退
第90回全国高校野球選手権大会2008年1回戦敗退
第83回選抜高校野球大会2011年準々決勝進出
第93回全国高校野球選手権大会2011年1回戦敗退
第97回全国高校野球選手権大会2015年1回戦敗退
第98回全国高校野球選手権大会2016年準優勝
第98回全国高校野球選手権大会2017年2回戦(初戦)敗退




甲子園での思い出の試合

私の中での北海高校の甲子園でのベストゲームとして、2016年夏の決勝戦、対作新学院高校戦をご紹介します。

2回戦からの登場となった北海高は初戦の愛媛・松山聖陵高校戦から準決勝の熊本・秀岳館高校戦まで4試合すべてをエース・大西健斗投手が完投し、決勝進出を果たしました。

決勝の相手は栃木・作新学院高校。相手投手は現在埼玉西武ライオンズでプレーする今井達也投手です。

準決勝の時点で腕がしびれ、腕に力が入らないと感じていた大西投手でしたが、強い責任感だけで準決勝をしのぎ、迎えた決勝戦。3回まで無失点に抑えていましたが、4回ついにつかまり5点を失いマウンドを去りました。

それまでの大西投手の奮投を知る甲子園のファンはレフトのポジションに就いた大西投手に惜しみない拍手をおくり、温かい言葉を投げかけます。その声は大西投手にも届いており、試合には敗れたものの、さわやかに「野球っていいものだと感じました」と語り、ファンとチームメートに感謝の言葉を述べた大西投手は大きな話題となりました。

アイドルグループ・V6の岡田准一さんに似ていることでも評判となった大西投手はその後慶応大学に進学。しかし、力投の代償で右ヒジを痛めており、リーグ戦での登板は叶いませんでした。




北海高校野球部出身の主なプロ野球選手

北海高出身のプロ野球選手は2020年現在23人排出しています。

選手名卒業年度最初に入団した球団
田原基稔1947年国鉄スワローズ
浅田肇1948年国鉄スワローズ
田原藤太郎1954年国鉄スワローズ
茅野智行1958年西鉄ライオンズ
佐藤進1960年国鉄スワローズ
中村之保1962年南海ホークス
谷木恭平1963年中日ドラゴンズ
若松勉1965年ヤクルトアトムズ
村井英司1967年日本ハムファイターズ
佐藤健一(兼伊知)1977年ロッテオリオンズ
遠田誠治1982年中日ドラゴンズ
有倉雅史1985年日本ハムファイターズ
堀田一郎1992年読売ジャイアンツ
鍵谷陽平2008年北海道日本ハムファイターズ
川越誠司2011年埼玉西武ライオンズ
瀬川隼郎2012年北海道日本ハムファイターズ
戸川大輔2014年埼玉西武ライオンズ
佐藤龍世2015年埼玉西武ライオンズ
坂口晧亮2017年横浜DeNAベイスターズ
大窪士夢2018年埼玉西武ライオンズ

前段でご紹介した若松選手の他、1963年のセンバツで人気を集め、その後中日ドラゴンズに進んだ谷木恭平選手、現役では北海道日本ハムファイターズから読売ジャイアンツに移籍し、中継ぎとして活躍した鍵谷陽平選手などがいます。

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おわりに

今回は、北海高校野球部を特集してきましたが、いかがだったでしょうか?

1901年に創部し、今年で119年となる北海高野球部。記念すべき創部120周年に出場するであろう2021年のセンバツ大会ではどんな活躍を見せてくれるでしょうか。

これからも北海道を代表する古豪として、活躍してくれることを願って止みません。

最後までお読みいただき大感謝!みっつでした。