東北楽天ゴールデンイーグルスの背番号0番!歴代の0番の選手とその傾向を紹介

背番号の意味

こんにちは、当ブログの管理人、元高校球児のみっつです!

プロ野球界70年以上の歴史の中で、最も歴史の浅い背番号の1つと言えば0番です。各球団で使用され始めてからは40年ほどになります。

巨人などの歴史のある球団では背番号0番を代表する選手が生まれてきていますが、球界で最も歴史の浅い球団である楽天ではどのなっているのでしょうか。

今回は東北楽天ゴールデンイーグルスの歴代の0番の特集です。歴代背番号0番をつけた全選手や特に印象深い3選手、さらに0番をつけてきた選手の傾向にも迫っていきたいと思います。




歴代の背番号0番を背負った選手をご紹介

まずは、東北楽天ゴールデンイーグルスの背番号0番をつけてきた選手をご紹介します。

年  度年 数球 団 名選 手 名
2005年~2006年2年東北楽天ゴールデンイーグルス酒井忠晴選手
2007年~2008年2年東北楽天ゴールデンイーグルス佐藤宏志選手
2009年~2011年3年東北楽天ゴールデンイーグルス内村賢介選手
2012年1年東北楽天ゴールデンイーグルス稲田直人選手
2013年~2015年3年東北楽天ゴールデンイーグルス森山周選手
2016年1年東北楽天ゴールデンイーグルス栗原健太選手
2017年1年東北楽天ゴールデンイーグルス空白
2018年~2019年2年東北楽天ゴールデンイーグルス島井寛仁選手
2020年~東北楽天ゴールデンイーグルス小深田大翔選手

初代は酒井忠晴選手です。中日・ロッテで長年活躍した選手ですが、戦力外後、新球団発足した楽天に入団しました。

2代目は佐藤宏志選手です。巨人を戦力外後、楽天に入団しました。背番号0番の選手としては珍しく投手の選手です。

3代目の内村賢介選手は、独立リーグ出身で小柄ながら俊足とユーティリティ性を武器に活躍しました。

4代目の稲田直人選手は、内野全てを守れるユーティリティ性が持ち味の選手でしたが楽天での1軍出場はわずか2試合でした。

5代目・森山周選手は、オリックスから楽天に移籍してきました。2球団で10年プレイしましたがずっと背番号0番という珍しい選手です。

6代目・栗原健太選手は広島時代は中軸を担い、日本代表にも選出された選手です。怪我の影響もあり楽天での1軍出場はありませんでした。

7代目は島井寛仁選手です。俊足が持ち味の選手です。高校での転校やクラブチームでのプレーなど珍しい経歴があります。

8代目は小深田大翔選手です。2019年のドラフト1位で入団して以降、ショートのレギュラー争いのトップを走っています。




背番号0番を背負って活躍した3選手のご紹介

次に、歴代の東北楽天ゴールデンイーグルスの背番号0番の選手のうち、私が特に印象深く思う、酒井選手、内村選手、そして小深田選手をご紹介します。

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酒井忠晴選手


*茨城ゴールデンゴールズ時代となります。

生年月日 1970年6月21日
出身地 埼玉県三郷市
投/打 右/右
プロ野球歴
中日ドラゴンズ(1989年~1995年)
千葉ロッテマリーンズ(1996年~2002年)
中日ドラゴンズ(2003年~2004年)
東北楽天ゴールデンイーグルス(2005年~2006年)

酒井選手は、埼玉県出身の選手で修徳高校時代にはエース兼主軸打者として活躍しました。1988年のドラフト会議では中日から5位指名を受け入団すると、野手一本に絞ります。

2年目に1軍初出場すると、3年目からはレギュラー獲得まではいかないもののコンスタントに試合に出場し、プロの世界でもショートを守れる守備力を見せつけました。

トレードでロッテに移籍すると、小坂誠選手とともに鉄壁の二遊間、三遊間を築きました。再度トレードで中日に復帰しますが、活躍の場はなく2004年オフに自由契約になってしまいます。

そんな中、トライアウトで新球団楽天の田尾監督の目に留まり入団が決定しました。発足当初の楽天の戦力は乏しく、高齢化で他球団を去った選手が多数入団したのです。

酒井選手も内野のポジションならどこでもこなせるユーティリティ性で重宝され、100試合以上に出場し、発足初年度の楽天野手陣を支えました。

翌2006年は外国人選手の入団や若手主体への方針転校により出場機会が激減し、この年限りでの現役引退となりました。引退後は独立リーグの監督を経て楽天でも7シーズンに渡ってコーチを務めています。

プロ18年間で規定打席に到達したことはありませんでしたが、文字通り「守備で飯を食った」選手でした。

内村賢介選手

生年月日 1986年3月17日
出身地 東京都大田区
投/打 右/両
プロ野球歴
東北楽天ゴールデンイーグルス(2008年~2012年)
横浜DeNAベイスターズ(2012年~2016年)

内村選手は東京都出身で、高校は山梨学院高校でプレーし、ソフトバンクで活躍した明石選手らとチームメイトでした。卒業後はテスト入団で合格したJFE西日本に入社しました。

出場機会を得るためスイッチヒッター転向など試行錯誤をしますが、思うようにいかず途中退社してしまいます。そんな中、中学時代の恩師のすすめで翌年発足のBCリーグのトライアウトを受験し、石川ミリオンスターズに入団しました。

ここで才能が開花し、1番ショートとして活躍、リーグの初代盗塁王にも輝きました。その年の育成ドラフトで楽天から1位指名を受け入団します。BCリーグ出身の選手としては初のNPB入りとなりました。

楽天入団後もすぐさま2軍で結果を残し、早くも7月には支配下登録を勝ち取りました。俊足に固い守備、粘り強い打撃を持ち味に1軍でも出場機会を増やし始めます。

2011年には123試合に出場し、31盗塁を記録するなど飛躍のシーズンととりました。また、この年には自身のキャリアで唯一の本塁打をランニングホームランで記録しています。

2012年にはシーズン途中に藤田一也選手とのトレードで横浜に移籍します。当初は楽天時代と同様に足や守備での活躍が目立ちましたが、打撃の方はなかなか向上せず2016年で引退となりました。

内村選手と言えば身長163cmとプロでも1、2を争う身長の低い選手です。それでも内野安打などを狙い自分の持ち味を最大限発揮しようとする姿は印象的でした。

小深田大翔選手

生年月日 1995年9月28日
出身地 兵庫県佐用町
投/打 右/左
プロ野球歴
東北楽天ゴールデンイーグルス(2020年~)
タイトル等 オールスター出場2回

小深田選手は、兵庫県出身で地元の神戸国際大附属高校、近畿大学でプレーし大学時代は主将も務めました。

その後、大阪ガスでも都市対抗野球の優勝に貢献するなどの活躍を見せると2019年のドラフト会議では楽天から佐々木朗希選手の外れ指名ながらも1位指名を受け入団します。

即戦力として期待を受けての入団ということもあり開幕から1軍でスタートするも当初は出場機会は多くありませんでした。夏頃から出場機会を増やすとシーズン終了まで安定した成績を残しています。

112試合の出場ながら規定打席に到達し、リーグ6位となる打率.288の好成績を残しベストナイン遊撃手部門では源田選手に次ぐ2位、新人王の投票でも平良選手に次ぐ2位の投票を獲得しました。

2年目の2021年、3年目の2022年も不動のレギュラー獲得まではいかないものの、俊足や内野ならどこでも守れる守備、安定した打撃でチームには欠かせない存在となっています。

先ほど紹介した内村選手と同様、小深田選手も身長170cmに満たない小柄な選手ですが、プロの世界でも充分通用することを見せつけていますし今後も小柄な選手の代表格として活躍を期待したいです。




背番号0番をつけた選手の傾向とは?

東北楽天ゴールデンイーグルスの背番号0番をつけた選手は、これまでに8名の選手が使用してきました。球団17年の歴史で8名と考えると、入れ替わりの速い背番号と言えるかもしれません。

背番号0番を背負った選手の傾向としては、他球団と同様、小技ができてユーティリティ性のある選手が多い傾向があります。

また、球団の歴史が浅いということもあり、他球団から移籍してきた選手も多いのが特徴でした。

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おわりに

今回は、東北楽天ゴールデンイーグルスの背番号0番を特集してきましたが、いかがだったでしょうか?

酒井選手や栗原選手らの他球団を戦力外となったベテラン選手も背負ってきた背番号ですが、小深田選手は生え抜きの選手であり、ドラフト1位で入団という球団でも期待の選手の一人です。

まだまだ歴史の浅い球団でもありますので、背番号のイメージ定着の少ない球団ですが、背番号0番を背負った選手の活躍に期待しましょう。